本と砂糖壺

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原田マハ『暗幕のゲルニカ』はどこまで史実か?

 こんにちは。できたてホヤホヤブログ「本と砂糖壺」へようこそ。このブログ、読書6割&散歩3割&くらし1割のつもりなのですが、今回初めて、メインのつもりの本について書きます。

 

 今回書かせていただくのは、原田マハさんの『暗幕のゲルニカ』です。

 この本を読もうと思ったのは、以前池上彰さんが、スペインの近現代史についての番組で取り上げていらっしゃったからです。

 話題作でしたので知ってはいたのですが、興味がわかず手にしていませんでした。原田さんの作品、何作か読ませていただいていますが、最近の作品『奇跡の人』を読んだときに、史実のパロディーみたいな内容に違和感を覚えてしまったからです。

 

 読んでいらっしゃらない方のためにざっくり説明しますと、『暗幕のゲルニカ』は、絵画の巨匠ピカソが渾身の思いを込めて描いた絵画「ゲルニカ」をめぐり、制作当時の1940年代と現代の2003年との二つの時間軸が並行して展開されるサスペンスタッチな物語です。主人公は二人の女性。1940年前後の時間軸のドラ・マールと、2003年の時間軸の八神瑤子です。

 ドラ・マールは、実在の人物で、ゲルニカ制作時にピカソと付き合っていた女性です。当時としては珍しい女性の写真家でした。賢く才能あふれる芸術家でしたが、ピカソとつきあう他の女性たちへの嫉妬に身を焦がす「泣く女」のモデルとして知られています。巨匠ピカソと並んでは、彼女の才能が引き立てられることは難しかったのかもしれません。そんな彼女自身の作品で有名なのは、ピカソがゲルニカを制作する過程を記録した写真の数々です。『暗幕のゲルニカ』では、ドラ・マールの心情に沿って、緊迫感を持った筆致でピカソとゲルニカと戦時下のパリを描いています。

 もう一人のヒロインの八神瑤子は、21世紀のニューヨークを舞台に活躍するニューヨーク近代美術館(MoMA)のキューレーター(学芸員)です。10歳の時に両親に連れられて行ったMoMAでピカソのゲルニカを見てその魅力に取りつかれ、ピカソの研究家になりました。そんな瑤子が全力で成し遂げようとしている仕事は、2003年開催の企画展「ピカソの戦争」です。企画展には、かつてはMoMAが、現在ではスペインの美術館レイナ・ソフィアが所蔵している「ゲルニカ」を展示したいと切望しています。なぜなら、「ゲルニカ」は、祖国スペインのゲルニカ地方がドイツ・ナチスに空爆されたことに衝撃を受けたピカソが、強い反戦のメッセージを込めて描き上げた大作だからです。そしてもう一つ、9.11の同時多発テロの犠牲になった夫への思いも、これを成し遂げたいという理由になっていました。しかしながら、「ゲルニカ」を借りる交渉は、搬送の難しさを理由に固辞されてしまいます。ならば、平和の誓いの象徴として国連本部の壁にかけてある複製のタペストリー(もちろんゲルニカの複製です。しかもピカソの監修による世界に3つしかないうちの1つ)でもよいのではないかという方向に傾いていたのですが・・・

 そんな矢先、アメリカ政府によるイラクへの空爆が開始されました。国務長官が国連本部でそれを発表する映像を見て、人々は息をのみます。国務長官の後ろに、いつもなら「ゲルニカ」のタペストリーがかかっているのに、この日は何か都合の良くないものでも隠すかのように暗幕がかけられていたからです。いったい誰が、なんのために?

 美術を通して世界の平和を訴えよう。それには、タペストリーではなく、本物の「ゲルニカ」をMoMAに展示しよう。瑤子は決意を新たに「ゲルニカ奪還」に挑むのですが、果たして・・・

 

 「ざっくり」と言っておきながら長くなってしまいました。ともあれ、このように2つの時間軸の物語が並行して進行していくのですが、両方の時代に共通して登場する、パルド・イグナシオという人物がいます。1940年前後では、スペインの富豪の御曹司でパリに亡命中の若き青年、2003年ではスペイン政府とも芸術界ともコンタクトを持つ大富豪です。物語展開上のキーマンといっていいでしょう。

 ところでこうした創作を読むとき、私はどうしても、「どこまでが史実でどこからが創作か」非常に気になってしまうのです。「事実は小説より奇なり」とも言われますように、ノンフィクションの作品を読むのは大変興味深いです。かたや史実を基にした創作となると、オリジナルティはどこにあるのだろうとか、いっそ全部創作の方がよいのではないかとか、失礼を承知でそんな考えがよぎったりしてしまいます。たぶんこれは、私の趣向の問題なのだと思いますが。

 そういうわけなので、今回も面白い設定ながらどこか冷めた気持ちで読んでいたのですが、ラスト近くになって、ふっと霧が晴れたような感覚を味わいました。本の末尾には次のように記されています。

本作は史実に基づいたフィクションです。

二十世紀パートの登場人物は、架空の人物であるパルド・イグナシおとルース・ロックフェラーを除き、実在の人物です。

二十一世紀の登場人物は、全員が架空の人物です。架空の人物には特定のモデルは存在しません。

  「そうか、2003年の物語はすべて創作で、キーマンのパルドも架空の人物なのか・・・」と思ったら、どこからどこまでが史実で?などというのは些細なことに思えてきました。「ゲルニカ」はどのように創作されたのか、21世紀に「ゲルニカ」はどのような意味を持って世界の人びとの前にあるのか。「ゲルニカ」を題材に、作者の原田マハさんが自由に思いのたけを作品にしたのだなと、納得しました。「自由に思いのたけを」なのですから、ラストはどうにでもなるのですね。

 

 「スペインに真の民主主義が訪れるまで保護してほしい」というピカソの希望で、ニューヨークのMoMAに長らく収蔵されていた「ゲルニカ」は、1981年にスペインに返還され、1992年にソフィア王妃芸術センターに展示されるようになってからは、実際には一度も他館に貸し出されたことはありません。これが史実です。では小説は? うなるようなラストにご期待ください。

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